訪問歯科の患者が増えないとき、新しい施設への営業を増やすことだけが選択肢ではありません。すでに訪問している施設との関わり方を、調査データと現場経験をもとに整理しました。
ある施設に毎週のように訪問していて、診ている入居者は1〜2人。施設との関係は悪くないし、依頼があればきちんと対応している。それでも訪問歯科全体の患者数はなかなか増えない。
そんなとき、「新しい施設を開拓しなければ」と考える医院は多いと思います。
もちろん新規の営業が必要な場面もあります。ただ、その前に一度見てほしいのが、すでに訪問している施設です。その施設のほかの入居者は、歯科の検診や口腔の評価を受ける機会があるのか。口の中の困りごとは把握されているのか。そうしたことを、自院はどこまで知っているでしょうか。
この記事では、すでに関わりのある施設を見直すときに持っておきたい視点を、4つに分けて整理します。
新規営業だけが、患者を増やす方法ではない
新しい施設に営業すると、初回の訪問だけでなく、関係づくりから訪問日の調整、施設側の受け入れ準備まで、一から積み上げることになります。
一方、すでに訪問している施設とは、少なくとも窓口があり、訪問の流れもできています。私が事務長として患者数を見ていたときも、新しい紹介が何件来たかだけでなく、「この施設には何人が入居していて、そのうち今何人を診ているのか」、そして「以前と比べて、診ている人数がどう変わってきたのか」を見るようにしていました。以前は多くの入居者を診ていた施設で人数が減ってきたときは、その施設との関わり方を見直すきっかけにしていました。
ただし、これは「既存の施設を見直せば患者が増える」という話ではありません。見直した結果、今の関わり方で十分な施設もあります。大切なのは、新規営業に目を向ける前に、すでにある接点の状況を知っているかどうかです。
「1〜2人を診ている」から分かること、分からないこと
ほかの入居者を「まだ獲得していない患者」と見ない
たとえば、9人が暮らすグループホームで2人を診ているとします(説明のための例です)。このとき、残りの7人がどういう状態なのかは、診ている2人のことだけでは分かりません。
ただ、それは「7人全員が患者候補」という意味ではありません。
歯科的な問題がない方もいます。かかりつけの歯科医院に通える方もいます。施設に別の協力歯科医療機関があり、すでに口腔の管理を受けている方もいるかもしれません。複数の歯科医院が関わっている施設もあります。
私が持っていたのは、「施設から名前が挙がった2人だけが、この施設で歯科の対応が必要な方のすべてなのか」という問いでした。施設側が口の中の変化に気づいていないこともあれば、気づいていても、どの段階で歯科に相談すればよいか分からないこともあるからです。
協力歯科医療機関がいることと、全員の状態が把握されていることは別
施設に協力歯科医療機関がある場合、「うちが口を出すことではない」と考えるのは自然です。実際の役割分担、施設との取り決め、入居者本人の選択、既存の医院との関係は尊重する必要があります。
一方で、協力歯科医療機関があることと、すべての入居者の歯科的な困りごとが把握され、必要な支援につながっていることは、同じ意味ではありません。どこまでが把握されていて、どこからが分からないのかは、施設ごとに違います。すでに歯科の管理がきちんと行き届いている施設もあります。
だからこそ、決めつけずに「今どうなっているか」を知るところから始めることが大切です。協力歯科の「有無」ではなく関わり方を見る、という考え方は、施設営業の記事でも書きました。
(関連記事:訪問歯科の施設営業は何から始める?介護施設へ行く前に知っておきたい4つの視点)
調査から分かること
訪問診療が入っていても、定期的な歯科検診があるとは限らない
2014年に岡山市内の特別養護老人ホームと介護老人保健施設、計57施設を対象に行われた調査があります。協力歯科医師がいる施設は57施設すべてで、歯科訪問診療を受けている施設は54施設(94.7%)でした。一方、入所者への定期的な歯科検診を行っていた施設は16施設(28.1%)でした。
定期的な歯科検診を行っていないと答えた41施設に、約半年後に理由を自由記載でたずねたところ(全41施設が回答し、何らかの記載があったのは29施設)、最も多かったのは「必要時に協力歯科医院へ受診している」という趣旨の回答で、17施設(41.5%)でした。
これは10年以上前の、岡山市だけの施設単位のデータで、現在の全国の状況を表すものではありません。ただ、「協力歯科がいる」「訪問診療が入っている」「入所者の定期的な検診がある」がそれぞれ別の状態であることは、よく分かります。困りごとが出た人を診る関わり方と、困りごとがまだ表に出ていない人も含めて状態を確認する関わり方は、別のものです。
口腔の評価を始めて、新たに受診につながった施設もある
令和6年度に厚生労働省の老人保健健康増進等事業として行われた介護保険施設の調査では、全国13,706施設に調査票を郵送し、2,027施設から回答がありました。「口腔の健康状態の評価を行うようになったことで、新たに歯科受診につながったケースがあったか」という設問では、回答した1,795施設のうち846施設(47.1%)が「あった」と答えています。受診につながった内容として多かったのは、入れ歯が壊れている、歯肉の腫れ・出血などでした。
この数字は施設の割合です。入所者の47.1%が受診したという意味ではありません。また、評価を始めたことが受診の原因だと証明するものでもありません。
それでも、口の中の状態をあらためて確認すると、それまで把握されていなかった問題が見つかることがある、という点は、既存の訪問先を見直すうえで参考になります。
「施設の口腔の評価」と「歯科医師の検診」は同じではない
ここで用語を整理しておきます。
介護保険施設(特別養護老人ホーム、介護老人保健施設、介護医療院など)では、令和6年度の介護報酬改定以降、施設の職員などが入所時と月1回程度、入所者の口腔の状態を確認し、歯科医師等による確認が必要かどうかを判断する仕組みが示されています。これは「確認が必要かどうか」を見るためのスクリーニングで、歯科医師による診査・診断ではありません。
この記事でいう「検診」は、歯科医師が口の中を診て、状態を把握することを指します。施設の評価で「確認が必要」とされた方がいれば歯科に相談が来ることもありますし、施設と歯科医院の取り決めで、歯科医師が入居者の検診を行うこともあります。
また、施設の種類によって制度上の仕組みは異なります。住宅型有料老人ホームやサービス付き高齢者向け住宅、グループホームなどを、介護保険施設と同じように考えないよう注意が必要です。
検診は「見つけて終わり」ではなく、選べる状態をつくる機会
私が検診を大切にしていたのは、依頼された症状への対応だけでなく、口腔全体の状態を把握し、必要な治療や口腔の管理、今後の見通しを本人や家族に説明できるからです。
口の中の問題は、本人が自覚していないことも、うまく伝えられないこともあります。検診は、そうした問題を把握し、どんな選択肢があるかを説明するための機会の一つです。
ただし、検診で何か見つかったからといって、すべての方が治療の対象になるわけではありません。本人の意思、医療上の必要性、全身の状態、経過を見るという判断も含めて、一人ひとり考える必要があります。説明を聞いたうえで「今は治療を受けない」と選ぶ方もいます。
検診で大切なのは、口の中の状態を把握し、必要な歯科医療を受けるかどうかを本人が選べるようにすることです。その結果、医療上の必要性があり、本人が希望して新たに診療が始まれば、医院にとっても患者獲得につながります。ただし、最初から何人の患者獲得につながるかを前提にするものではありません。
施設側から見ると、全体の検診は「大変そう」なもの
施設が歯科に求めていることは、診療だけではありません。厚生労働省の「歯科医療提供体制等に関する検討会」(第5回、令和3年11月30日)の資料には、委員の意見として、介護保険施設が口腔衛生の研修や、食事のときのカンファレンスへの参加、個別相談などへの協力歯科医療機関の関わりを求めていても、関わりのないケースもあることが挙げられています。施設が歯科に期待していることには、診療以外の関わりも含まれていることがうかがえます。
一方で、施設全体の検診となると、施設側の受け止め方は変わります。1〜2人の診療に対応することと、入居者全体を対象に検診を行うことでは、施設側に求められる調整や協力が大きく増えるからです。
入居者や家族への案内、当日の誘導、職員の手配、結果の共有など、施設側は「大変そう」「現場の仕事が増えるのでは」と感じることがあります。それは協力的でないからではなく、毎日の業務を回している立場として当然の反応です。
そのため、「健康のために検診をお願いします」と必要性を伝えるだけでは、なかなか前に進みません。
既存の訪問先との関わり方を見直す4つの視点
1.その施設が今、歯科とどう関わっているかを知る
最初に知りたいのは、その施設の現在の状況です。
ほかの入居者は、歯科の検診や口腔の評価を受ける機会があるのか。協力歯科医療機関や、ほかの歯科医院はどのように関わっているのか。口の中の困りごとが出たとき、施設はどう対応しているのか。
これらは、自院が入り込む余地を探すためではなく、施設の今の体制を理解するための確認です。すでに十分な体制がある施設であれば、今の関わり方を丁寧に続ければよいと分かります。
施設との関わりが広がっていく流れも、一通りではありませんでした。1人の診療依頼から始まり、訪問を続ける中で追加の相談が増え、施設全体の検診を検討したこともあります。また、すでに複数人を診ている施設で、改めて全体の状況を確認することを考えたこともありました。日々の訪問の中で施設の状況を知ることが、見直しの出発点になると感じています。
2.話す相手は、調整と判断を担うキーパーソン
施設全体に関わる話をするとき、私が主に話していたのは、施設長や相談員など、その施設で調整や判断を担う方でした。誰がその役割を担っているかは施設によって違います。
訪問のたびに顔を合わせる職員の方に「検診の話を伝えておいてください」とお願いするだけでは、実際の話し合いにはつながりにくいと考えていました。その職員の方が判断する立場ではないことも多く、伝言では、施設側が検討するための情報が十分に届かないからです。
3.「お願い」ではなく、役割分担と負担の話をする
キーパーソンと話すときに私が重視していたのは、歯科医院側が何を担当するのか、施設側には何を協力してほしいのか、どう進めれば現場の負担を抑えられるのかを、具体的に話し合うことでした。
その場で話が進むこともあれば、施設が現場の職員の意見を聞いたうえで、改めて相談や日程の調整をすることもありました。施設の中で話し合ってもらう時間も、必要な過程だと考えていました。
大切なのは、検診を一方的に売り込むことではなく、その施設が実際に取り組める形を一緒に考えることです。進め方は施設ごとに違うので、決まった型を当てはめるより、施設の事情を聞きながら決めていく方が、結果的に続く関わりになります。
全体検診を提案するときに、施設から実際にどんなことを聞かれ、何を施設にお願いし、何を歯科側で引き受けていたかは、noteに詳しく書いています(有料・500円)。
4.自院の体制と、今の段階を確認する
見直しの結果、新たに診療が必要な方が分かったとしても、それを受け止める院内の体制がなければ、施設にも患者さんにも迷惑をかけてしまいます。私は、検診を提案する時期を、施設の診療人数の推移と自院の受け入れ体制の両方を見て判断していました。訪問の予定がいっぱいの時期は、検診のあとに予想以上の診療希望が出ても対応しきれないおそれがあるため、提案をあえて待つこともありました。一方で、以前より診療人数が大きく減っている施設など、見直しの必要性が高いときは、忙しい時期でも提案を検討しました。
また、既存の訪問先を見直すという考え方が使えるのは、すでにある程度の施設に訪問している医院です。訪問先がまだ少ない段階では、新しい施設やケアマネジャーとの関係づくりなど、依頼の入口そのものを作ることが必要になります。同じ「患者が増えない」でも、医院の今の段階によって見る場所は変わります。
依頼の入口や院内体制を含めた全体の確認については、こちらの記事でも整理しています。
(関連記事:訪問歯科を始めたのに患者が増えない理由|営業の前に確認したい5つのポイント)
まとめ
訪問歯科の患者が増えないとき、新しい施設への営業を考えるのは自然なことです。ただ、すでに訪問している施設でも、施設全体の口腔の状態や、歯科への相談・受診の流れまで把握できているとは限りません。
1〜2人を診ている施設のほかの入居者を、「まだ獲得していない患者」と決めつける必要はありません。一方で、何も分からないまま「この施設はこれ以上ない」と判断する必要もありません。
まずは、その施設の今の状況を知ること。調整と判断を担う方と、施設の負担も含めて話し合うこと。そして、自院が受け止められる体制かを確認すること。
既存の訪問先との関わり方を見直すことは、患者数のためだけではなく、施設で暮らす方が必要な歯科医療を選べる機会をつくることにもつながると考えています。
無料の「訪問歯科運営診断」
すでに訪問している施設との関わり方を含めて、自院のどこに見直しの余地がありそうかを整理したい方は、無料の「訪問歯科運営診断」をご利用ください。
20の質問に答えることで、依頼の入口、施設・ケアマネジャーとの連携、院内体制など、今どの領域に見直しの余地がありそうかを確認できます。
参考資料
河本幸子・水谷慎介・森田学「岡山市内の要介護者入所施設における歯科検診の実施状況調査」口腔衛生会誌 66巻1号, p.28-31, 2016年
https://www.jstage.jst.go.jp/article/jdh/66/1/66_KJ00010220809/_pdf
本文中の57施設・94.7%・28.1%は、この論文の調査結果(2014年3〜4月実施、岡山市内の特別養護老人ホーム35施設・介護老人保健施設22施設、回収率100%)に基づいています。定期的な歯科検診を行っていない理由(17施設・41.5%)は、同じ論文で、検診を行っていないと答えた41施設に2014年10〜11月に郵送・自由記載でたずねた結果です。
厚生労働省 社会保障審議会 介護給付費分科会(第264回)資料4「口腔・栄養、一体的取組」
https://www.mhlw.go.jp/content/12300000/001744920.pdf
本文中の47.1%(846/1,795施設)と受診につながった内容は、この資料のPDF 29頁(スライド番号28「介護保険施設における口腔の健康状態の評価について」)に掲載された令和6年度老人保健健康増進等事業「介護保険施設等における口腔衛生の管理体制の在り方に関する調査研究事業」の結果に基づいています。
厚生労働省 介護保険最新情報Vol.1217「リハビリテーション・個別機能訓練、栄養、口腔の実施及び一体的取組について」(令和6年3月15日)
https://www.mhlw.go.jp/content/001227728.pdf
本文中の介護保険施設の口腔の評価(入所時と月1回程度、歯科医師等による確認の必要性の判断)は、この通知の第二章第六(PDF 41〜43頁)と別紙様式6-3「口腔の健康状態の評価及び情報共有書」(PDF 91頁)に基づいています。
厚生労働省 第5回歯科医療提供体制等に関する検討会(令和3年11月30日)参考資料1「検討会における主なご意見」
https://www.mhlw.go.jp/content/10804000/000859583.pdf
本文中の介護保険施設と協力歯科医療機関の関わりについての記述は、この資料の9頁「介護との連携」に掲載された委員の意見に基づいています。


コメント