これからの医院の経営を考えたとき、まず候補に上がるのは、自費診療、予防・メンテナンス、新患の集患ではないでしょうか。
一方で、訪問歯科はどうでしょう。「必要とされているのは分かる。でも、自院の経営の話として考えたことはない」。そう感じている院長も多いのではないかと思います。
この記事は、訪問歯科を始めましょう、とお勧めするものではありません。訪問歯科にはまだ届いていない需要がある一方で、なぜ歯科医院の経営の選択肢としては見えにくいのか。公的な資料と、私が訪問歯科の立ち上げ・運営に関わってきた経験をもとに整理しました。そのうえで、始めるかどうかを考える前に確認しておきたいことをまとめています。
訪問歯科には、まだ届いていない需要がある
まず、国の資料で示されている数字を見てみます。
厚生労働省の資料では、要介護高齢者における歯科訪問診療の推定需要と比べて、歯科訪問診療の実施件数は約5割と示されています(令和5年。平成29年は47%、令和2年は44%)。
この数字は、要介護3〜5の認定を受けている人のうち、歯科医療や口腔の管理が必要と考えられる人の数を「推定需要」とし、実際の歯科訪問診療の件数(9月の1か月分)と比べたものです。人数と件数の比較であり、推計の条件もあるため、「半数の人が歯科を受けられていない」という意味ではありません。それでも、需要に対して提供が追いついていない状態が、この数年続いていることは読み取れます(参考資料1)。
つまり、訪問歯科は「需要がないから広がらない」わけではなさそうです。では、なぜ多くの医院にとって、経営の選択肢として考えにくいのでしょうか。
自費・予防・集患が、経営の施策として選ばれやすい理由
比べる対象として、自費診療、予防・メンテナンス、新患の集患が選ばれやすい理由を考えてみます。いくつかの資料を調べて整理すると、共通点は次の3つだと考えています。
今ある設備・スタッフ・来院する患者さんを使える
新しく外に出ていく必要がなく、今の診療室、今のスタッフ、今来ている患者さんを土台に取り組めます。
売上とのつながりが見えやすい
何に取り組めば、どの数字が変わるのか。外来の施策は、その道筋をイメージしやすいものが多いと思います。
やり方の情報や支援が多い
セミナー、書籍、支援サービスなど、取り組み方を知る手段がたくさんあります。
どれも、院長が選ぶのは自然なことです。自費・予防・集患に力を入れることを否定する話ではありません。
訪問歯科が、経営の選択肢として見えにくい理由
一方、訪問歯科は、外来の延長だけでは考えにくい事業です。私は、見えにくさの理由は次の4つにあると考えています。
外来とは別に、人と時間を割く必要がある
訪問歯科は、診療室の外に出ていく仕事です。移動があり、訪問に出る間、その人は外来にいません。「外来の誰の、どの時間を、訪問に回すのか」を考えなければならず、今の外来の延長として足し算しにくいところがあります。
患者さんとの接点のつくり方が、外来とは違う
外来は、患者さんが来院するところから始まります。一方、訪問歯科では、通院が難しくなった患者さんやご家族、ケアマネジャー、介護施設などからの相談が入口になります。
そのため、相談を受け止めて訪問につなげていく流れを、外来とは別に考える必要があります。院長は外来で忙しく、今のスタッフは訪問の相談を受けることを前提に採用された人ではありません。相談が少ない段階で、専任の担当者を置くのも負担が大きい。「最初の相談をどう受け、訪問につなげていくのか」が決まらないまま、「始める」の手前で止まりやすいと私は感じています。
医療保険と介護保険など、確認することが多い
訪問歯科では、医療保険だけでなく介護保険も関わります。訪問先が自宅か施設かによっても、確認することが変わります。外来の施策と比べて、始める前に確認することが多いのは確かです。
「どう始めて、どう軌道に乗せるか」が見えにくい
訪問歯科は、地域や高齢者を支える大切な仕事として語られることが多い分野です。それ自体はその通りですが、医院の一つの事業として「どう始めて、どう軌道に乗せていくか」という情報は、外来の施策ほど多くないと私は感じています。
私が最初に訪問歯科に関わった医院でも、訪問歯科をどう回していくかが、まとまった形で手元にあったわけではありませんでした。説明の仕方、調整の仕方、運営の方法は、実務の中で一つずつ作っていきました。
最初からすべてを整えてから始めたわけではなく、患者さんの数や院内の状況に合わせながら、少しずつ形を整えていくことはできました。準備をしなくてよいという意味ではありませんが、全体像が最初からすべて見えていなくても、進めながら整えていける部分はあります。
実際にやっていない医院が挙げている理由
では、実際に訪問歯科を行っていない医院は、どんな理由を挙げているのでしょうか。
国の調査では、在宅療養支援歯科診療所以外で歯科訪問診療を実施していない診療所(353施設、複数回答)が、実施していない理由として次のように答えています(参考資料2)。
- 歯科訪問診療に当てる時間が確保できない:53.8%
- 歯科訪問診療に必要な機器・機材がない:47.9%
- 歯科訪問診療の依頼がない(ニーズがあれば対応は可能):39.7%
- 人員(歯科医師、歯科衛生士、その他のスタッフ)が確保できない:36.3%
上位に挙がっているのは、時間、機材、依頼、人員です。先ほどの「人と時間」「患者さんとの接点」と重なっています。
「儲からないからやらない」とは単純化できない
同じ調査で、「診療報酬上の評価が低いから」を理由に挙げた診療所は4.0%でした。
これは、「訪問歯科は採算が良い」という意味ではありません。採算は、医院の体制や地域、患者さんの数によって変わります。
この調査を見る限り、報酬の評価よりも、時間、機材、依頼、人員といった実施体制に関する項目の方が多く挙げられています。
私は、この結果からも、訪問歯科を検討するときには「採算が合うか」だけではなく、「自院でどう回すか」を具体的に見ていく必要があると考えています。
「儲からないからやらない」と一言でまとめてしまうと、本当に確認すべきことが見えなくなってしまうかもしれません。
検討するなら、最初に確認したい4つのこと
訪問歯科が自院の経営の選択肢になるかどうかは、医院によって違います。始めるかどうかを決める前に、まず次の4つを確認してみてください。
自院の周りに、すでに需要が見えているか
国の調査では、歯科訪問診療を始めたきっかけとして最も多かったのは、「自院に通院歴のある患者・家族等からの依頼」でした(26.9%、参考資料3)。
長く通っていた高齢の患者さんが、最近来ていない。ご家族から「家に来てもらえないか」と聞かれたことがある。まずは自院の周りに、そうした声がすでにあるかどうかです。
(関連記事:長く通っていた高齢の患者さんが来なくなったら|訪問歯科を考えるときに見ておきたい3つのこと)
訪問に使える人と時間を、どこから出すか
訪問歯科は、最初から何日も訪問日を設ける必要があるわけではありません。
私が地方で訪問歯科をゼロから立ち上げたときも、最初から何日も訪問日を設けたわけではありませんでした。患者さんが少ないうちはできるだけ1日に集めて運営し、新しい曜日を開けても一定の患者さんを診られる見込みが立ってから、訪問日を増やしていきました。
自院で考えるなら、誰が、どの時間なら訪問に出られそうか。最初の形を小さく想像してみることが、判断の材料になります。
最初の相談を、誰が受けて訪問につなげるか
訪問の相談は、外来の予約のように決まった窓口から入ってくるとは限りません。通院が難しくなった患者さんのご家族、ケアマネジャー、施設からの相談を、誰が受け、どう訪問につなげていくのか。
院長が外来の合間に一人ですべてを担う形は、続けるのが難しくなりやすいと感じています。
院内で回せるか
訪問歯科を始めると、訪問に出る人だけでなく、受付や外来のスタッフも関わります。問い合わせへの対応、書類、制度の確認を、院内の誰がどこまで担えそうか。
院長一人で考えるだけでなく、院内で少しずつ話題にしてみることも、判断の材料になります。
見送ることが、合理的な医院もある
4つを確認した結果、「今はまだ始めない」という判断になる医院もあると思います。
たとえば、外来の診療体制を崩さなければ訪問の時間を確保できない。現時点では、訪問を担当できる人がいない。想定している訪問先までの移動を含めると、続けて運営していくイメージが持てない。こうしたことを確認した結果、無理に今すぐ始めないのも合理的な判断です。
これは、訪問歯科に向いていない医院がある、という意味ではありません。採用や体制の見直し、始め方の工夫によって変わることもあります。現時点では、始めるための条件がまだ整っていない、ということです。
見送ることも、立派な経営判断です。大切なのは、「よく分からないから考えない」ではなく、自院の状況を確認したうえで「今はまだ始めない」と決めることだと思います。状況が変われば、そのときにもう一度考えることもできます。
まとめ
訪問歯科には、まだ届いていない需要があります。それでも経営の選択肢として見えにくいのは、需要がないからでも、単純に儲からないからでもありません。外来とは別に、人と時間、患者さんとの接点のつくり方、院内の回し方、制度の確認が必要になり、その全体像が外から見えにくいからだと私は考えています。
始めるか、見送るか。決める前に、自院の周りの需要、人と時間、最初の相談の受け方、院内で回せるかを確認してみてください。
無料の「訪問歯科 はじめる前の現在地チェック」
「訪問歯科が少し気になっている」「もし自院で考えるとしたら、今どこまで見えているのか知りたい」という場合は、無料の「訪問歯科 はじめる前の現在地チェック」をご利用ください。
12の質問に答えることで、もし自院で始めるとしたら、今どこまで見えていて、どこがまだ見えていないかを整理できます(所要時間2〜3分)。始める・始めないを判定するものではありません。
LINEで友だち追加のうえ、「開始前チェック」と送ってください。
※すでに訪問歯科を実施している医院向けには、「訪問歯科運営診断」(20問)をご用意しています。LINEで「運営診断」と送ってください。
参考資料
1.厚生労働省 医政局歯科保健課「歯科医療提供体制・歯科医師の現状について」p.30「(参考)要介護高齢者における歯科訪問診療の推定需要と供給」(第1回歯科医師の適切な配置等に関するワーキンググループ 資料2、2025年7月1日。中央社会保険医療協議会 総会〔第610回、2025年6月25日〕資料より)
https://www.mhlw.go.jp/content/10804000/001533278.pdf
推定需要は、日本歯科医学会の研究(令和元年。要介護高齢者290人の調査で、歯科医療や口腔健康管理が必要な高齢者は64.3%)をもとに、要介護3〜5の認定者数の64.3%と仮定して算出されています。実施件数は、医療施設調査の各年9月分の歯科訪問診療の件数(居宅・施設・病院の合計)です。
2.中央社会保険医療協議会 総会 資料(総-1-3)「在宅(その1)在宅歯科医療について」p.5(2021年8月25日)
https://www.mhlw.go.jp/content/12404000/000823124.pdf
出典は「令和2年度診療報酬改定の結果検証に係る特別調査(在宅)」です。在宅療養支援歯科診療所以外で歯科訪問診療等を実施していない診療所(n=353、複数回答)の回答です。
3.厚生労働省「令和6年度診療報酬改定の結果検証に係る特別調査 在宅医療、在宅歯科医療、在宅訪問薬剤管理及び訪問看護の実施状況調査 報告書(案)<概要>」(中央社会保険医療協議会 2025年4月23日)図表3-13「歯科訪問診療を実施したきっかけ(最も当てはまるもの)」
https://www.mhlw.go.jp/content/10808000/001479588.pdf
歯科医療機関患者調査(n=1,539)で、「自院に通院歴のある患者・家族等からの依頼」が26.9%で最も多かったと報告されています。


コメント